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阿部 泰裕 (理学博士)

株式会社セレージャテクノロジー
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ツイスター空間におけるホロノミー形式

背景   前世紀の理論物理学の発展を振り返ると,最も重要な発見はゲージ原理の発見でした.ゲージ理論のうち,最も基本的なものは電磁場の理論です.よく知られているように,この理論は局所的な位相変換のもとで不変です.つまり,電磁場を記述するラグランジアンが位相変換についての局所対称性をもちます.これはゲージ対称性とよばれ,電磁場と荷電粒子の結合が「最小結合」の原理で表されることを意味します.この原理はラグランジアンに現れる微分を「共変微分」に置き換える操作に相当します.そのため,ラグランジアンに電磁相互作用を表す項が自然に組み込まれます.また,この原理は相互作用の普遍性(ユニバーサリティ)を保証します.つまり,ゲージ原理により結合定数(素電荷)の値が恒等的であることがわかります.

電磁場のゲージ対称性を非アーベル型のものに拡張した理論をヤン-ミルズ理論とよびます.ヤン-ミルズ理論の簡単な例として,弱い相互作用の理論があります.弱い相互作用による物理現象の1つに,中性子のβ崩壊があります.これは,中性子が陽子と電子および反電子ニュートリノに崩壊する物理過程を表します.このような物理過程を説明するには,粒子数を一定に保つ古典論や統計力学では限界があります.また,相対論的な効果,つまり質量とエネルギーの転換,を考慮すると粒子の生成・消滅を記述する枠組みが必要です.これらの要請をみたす理論が場の量子論です.一般に,ゲージ理論はこの場の量子論によって記述されます.

原子核のなかには中性子のほかに陽子も存在します.陽子同士の電気的な斥力にもかかわらず,核子(中性子・陽子)が1×10-15mのオーダーの原子核のなかに凝縮されているのは,核内で作用する核力(強い相互作用)のためです.この強い相互作用もヤン-ミルズ理論で記述されます.つまり,自然界の3つの相互作用(電磁気力,弱い相互作用,強い相互作用)はヤン-ミルズ理論で統一的に理解することができます.現在,素粒子物理学の標準模型とよばれる理論はこの統一的な枠組みのことを指します.素粒子物理学は,物質や相互作用を素粒子で表現して,自然現象を説明する学問です.よく知られているように,電磁相互作用は光子によって記述されます.光子は4次元カレント(電流)と結合するので,光子はベクトル粒子です.同様に,核力や弱い相互作用をつかさどる粒子もベクトル粒子です.標準模型が確立する過程でわかったことは,相互作用するベクトル粒子の理論として整合的なものはゲージ理論以外にないということでした.ここで,整合的とは理論がユニタリー性をもつこと,つまり量子論における確率が保存されることを意味します.

自然界に残るもう一つの相互作用すなわち重力もこのゲージ原理で説明することができます.アインシュタインの一般相対性理論は,理論が一般座標変換(あるいは微分同相写像)のもとで不変であるという「等価原理」から導かれます.この一般座標変換は並進変換とローレンツ変換(時空間回転)を組み合わせたポアンカレ変換に対応しています.したがって,ゲージ対称性として,ポアンカレ変換のもとでの不変性を選ぶと,重力理論もゲージ理論の1つであると解釈できます.つまり,自然界に存在する相互作用はすべてゲージ原理で「原理的には」説明がつくことになります.もちろん,ゲージ原理が適用できない場合もあります.例えば,双極子などのような内部構造をもつ粒子にはゲージ原理は適用できません.一般に,複合粒子や多体凝縮系など「最小結合」の原理が明らかに適用できない場合は,ゲージ原理は適用されません.しかし,内部構造をもたない素粒子に対しては常に「最小結合」の原理,すなわちゲージ原理が適用されます.

自然界の相互作用はすべてゲージ原理で「原理的には」説明できると述べました.しかし,実際には次の2つの問題があることが知られています.
  1. 素粒子物理学の標準模型はヤン-ミルズ理論とヒッグス機構を組み合わせて構築されています.ここで,ヒッグス機構とは南部による自発的対称性の破れを局所的なゲージ対称性に応用したものです.標準模型では,このヒッグス機構により物質に質量が生成されます.よって,ヒッグス機構は物質の重さの起源となる非常に重要な枠組みです.しかし,この枠組みではゲージ対称性は破られるため,ゲージ原理が破綻しています.ラグランジアンの言葉で表すと,これはベクトル粒子(つまりゲージ場)の質量項がゲージ不変な形で表せないことに原因があります.

  2. 場の量子論の枠組みで重力理論を構成すると,場の量子論における無限の自由度に起因する発散の問題が生じます.前述のとおり,場の量子論には粒子の生成・消滅に関する無限の自由度があります.したがって,この理論から物理量を計算するにはある種の正則化が必要となります.この正則化により,物理量の計算から発散を取り除くことができる場合にのみ,場の量子論は(摂動的な)物理理論として意味をもちます.このような理論は繰り込み可能な理論とよばれます.標準模型は繰り込み可能な理論の1つです.しかし,重力理論に対して同様な正則化を行うことはできないことが知られています.つまり,重力理論をゲージ理論として摂動的な場の量子論で記述すると,繰り込み不可能な理論となることが知られています.
2番目の問題を解決する有力な候補に弦理論があります.弦理論は,紐(ひも)の量子化によって,すべての物質および相互作用を統一的に記述する理論です.これにより,重力の繰り込み不可能性が回避されることが知られています.ただし,弦理論が整合的であるためには,時空間の次元が少なくとも10次元でなければならないという強い要請が存在します.そのため,弦理論から4次元の物理模型,例えば標準模型を導くことは非常に困難であることが知られています.また,弦理論はヒッグス機構に関する1番目の問題について,とくに解決策を与えるものではありません.

場の量子論の枠組みにおいて,弦理論は紐が運動する2次元空間(世界面)上の共形場理論と考えることができます.共形場理論はチャーン-サイモンズ理論とよばれる3次元ゲージ理論と密接に関係しています.このチャーン-サイモンズ理論は時空間の計量によらない理論であり,そのような理論は一般に位相幾何学的(トポロジカル)な場の理論とよばれます.トポロジカルな場の理論は数学における結び目理論や組み紐の理論とも深く関係していることが,弦理論が急速に発展する以前,1989年にウィッテンによって示されました.上の2つの問題に取り組むには,まずこれらの関係を理解することが重要になります.

形式化   ペンローズによるツイスター空間のアイデアを使うと,2次元の共形場理論から4次元の物理模型を導くことができます.ヤン-ミルズ理論の散乱振幅の計算において,このことを最初に指摘したのはナイアでした.具体的には,ヤン-ミルズ理論のある種の散乱振幅が,拡張されたツイスター空間上で定義されるヴェス-ズミノ-ウィッテン(WZW)模型のカレントの相関関数として理解できることが示されました.ツイスター空間におけるゲージ場のホロノミー演算子という概念は,この解釈をよりユニバーサルな視点から理解しようとする試みから生まれました.その形式化の詳細についてはarXiv:0906.2524を参照してください.また,このホロノミー演算子と重力理論の関係についてはarXiv:0906.2526を参照してください.

興味   アーベル型ホロノミー形式の初等整数論への応用(arXiv:1005.4299参照)
ホロノミー形式による物理量の予測 (調査中)
ファジィS4上の物理との関係(予定)


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